■ 『イルメナウ・ドイツのワークキャンプ報告』( 2008年8月15日~9月5日)
大まかな流れ
初日は事務所で待ち合わせて、みんなで3週間過ごすことになる山小屋に移動し、自己紹介やオリエンテーション、予定の簡単な説明を受けました。土日は仕事をせず、それぞれゆっくり過ごしたり、みんなでテーブルゲームなどして交流を深めました。また、金曜日の夜にはイルメナウの町に移動し、大学の寮にいくつかのグループに別れて泊まり、土曜日の朝早くから他の町へ観光しに行ったり、文化的な建造物を見てまわったりしてドイツの歴史を学びました。平日は大抵、8時頃起床し、朝食を済ませた後仕事に出かけます。正午に一旦戻り、昼食の時間を含む二時間の休憩をとり、また仕事を3時間ほどしました。夜は、基本的に自由で、時々みんなで映画を見たり、ただ話しながらドイツのビールを楽しんだり、外でキャンプファイアーをしたりしました。9月3日にはキンダーガーデンを訪問し、地元の子供達にそれぞれの国の文化や、挨拶などを教えるなどして交流を深めました。4日に荷造りと片付け、大掃除をしてイルメナウの町でお別れパーティーをし、最終日にそれぞれ帰国したり、中にはもう数日観光を楽しむ人もいました。
参加者
私と、スウェーデンに留学中の韓国人の女性、イタリア人の女性と、フランス人男性が一人ずつ、また、トルコ、ロシア、スペイン女性が2人ずつ(ロシア人女性は姉妹でした)、ドイツから男性1人と女性2人が今回のワークキャンプのリーダーとして、計7ヶ国籍の13名がレギュラーとして参加しました。その他にも、ドイツ人参加者の友達が代わる代わる手伝いに来てくれたり、仕事ではフォレスターたちがリーダーとなっていたりして、多くの交流がありました。
仕事
この場所は去年ハリケーンの被害を受け、山の木々が倒れてしまっていたため、去年から再生活動がされていますが、まだ十分ではありません。そのいくつかの場所に、比較的成長の早い、強い種類の若い木を植え、それらを守るための広域なフェンスを建てたり、去年建てられたフェンスを解体し、片付ける作業をしました。フェンスを打ち付けるための木材や、解体されて巻かれたフェンスはとても重く、数少ない男性陣が主に運搬などの力仕事を担当していました。
食事
朝食、昼食は基本的に自由で、それぞれ簡単な調理をしたり、シリアルやパンなどを食べていました。夕食には、ペアを組んで順番に、各々の国の料理を作ってみんなで楽しみました。また、BBQをする機会もあり、ドイツでポピュラーな大き目のソーセージやステーキ、またBBQ用のチーズなどもありました。
言語
言語は基本的に英語でしたが、それぞれの国の挨拶や簡単な自己紹介の仕方などを教えあったりして、みんな少しずつそれぞれの国の言葉を覚えて帰りました。英語力不足のせいで、コミュニケーションがうまくいかなかったり、摩擦が生じたりということはほとんどなく、それぞれが寛大な心の持ち主だったので、何事も穏やかに、有意義に過ぎていきました。
このワークキャンプを通して
最初はメンバーのほとんどが女性だということに少し不安を覚えたり、ドイツの気温の低さにびっくりしたりと、多少の戸惑いはありましたが、2,3日でそんな不安要素はなくなりました。みんなとてもいい人で、たまに自分の英語がうまく伝わらなかったときも、みんなが耳を傾け、ちゃんと理解しようとしたり、誰かの調子が悪そうなときも誰かが気づいて声をかけたり、みんながみんなを支えあって3週間をともに過ごしました。細かいすれ違いなどは当然ありましたが、最終的には家族のようになり、最後の別れのパーティーではほとんどが泣きながら笑いあって、「さようなら」ではなく「絶対また会おうね」と言いあいました。実際、最終日が近づくにつれて、私自身気持ちが落ち込んでしまい、みんなが私を元気付けようとしてくれたのを、今でもはっきりと覚えています。このワークキャンプを通して私が学んだのは、英語だけでなく、その他の言語だけでなく、言葉以上に大切な、とても熱いものだったと思います。このワークキャンプに参加できて本当によかったです。
■ 『ドイツでのワークキャンプ』(2008年)
就職活動を控えたこの時期にワークキャンプに参加し、本当に良かったと今、心から思っております。
何もしないよりは何かすることに意味がある。ほんのちょっとの勇気で見える世界がある。この度のワークキャンプを通して、今、私が考えることです。
この度私は3週間、ドイツのワークキャンプに参加いたしました。約20人の仲間と共に過ごした3週間。私はその中で唯一のアジア人でした。「他者の存在を通して自らを見る」としばしば言われますが、私はこの3週間、自分の文化とは異なる文化を持つ人々と過ごすことで、アジア人としての自分、日本人としての自分、そして小林可奈という1人の人間としての自分を見つめる事ができました。
3週間、戦争捕虜収容所跡地の記録のため現在は雑木林と化している場所で、私たちワークキャンプ参加者は、朝から夕方まで炎天下の中、汗を流して働きました。私がこの度のワークキャンプで身をもって体験したことですが、記憶を記録として残すことの大変さ、そして大切さは計り知れないものです。しかし、過去の自国の行いを現代に伝える、ということは、その国が過去に起こしたことへの罪滅ぼしであると同時に、その国の未来に対する責任を現在の政府がきちんと取っている証だと思います。この度のワークキャンプを通し、今、そのように思います。
ワークキャンプを通し、「自分が知らない世界はまだまだ沢山ある!自分の可能性が発揮できる場所、学べる場所、成長できる場所、好きだ!と思える場所はまだまだ沢山あるんだ!」
ということに気が付きました。
より広い視野で物事を見ることにより、見える遠い世界、そして今まで見逃していた近くの世界の物事も見えてくるのでは、と今、思います。
これから就職活動も本格化し、将来について考える機会も多くなりますが、より広い視野を持ち、そして大きく柔軟な心で困難を受け止め、乗り越えていけたら、と思います。
このように思えるのも、ワークキャンプで様々な人と出会い、様々な経験をしてこそです。
旅は人を大きくしてくれる、としばしば言われますが、私もこの度のワークキャンプで、少し成長できたかな、と思っております。
この度、ワークキャンプに参加して、本当に良かった!今、心からそう言えます。
■ 『ドイツでのワークキャンプ』(2008年)
私は今年の夏ドイツで行われたワークキャンプに参加しました。内容は以下の4つに大別できます。
1. 博物館における展示の仕方(人々の理解をより深めるためにはどのようにすれば良いか)
2. 体験者の話
3. 収容所跡の清掃
4. 他の収容所跡の見学
5. ワークキャンプを通して知った第二次世界大戦に関する自分のプレゼンテーション
中でも特に印象深かったのが体験者の方のお話です。1人 はユダヤ人であったために収容所に送られた方です。そこでの壮絶な体験を話してくださり、Naziの犯した愚かな行動が彼の人生を深く傷つけたことをはっきりと知りました。彼が収容所時代で忘れられない体験があるといって語ったのは、Naziの身体検査で母親と別の列に振り分けられ、その時に見た姿が「お母さん」の最後の姿になってしまったこと、終戦が近づき収容所から収容所へ送られている時、朝起きると隣の人が亡くなっていたこと、です。それらを静かに語られる姿からは当時の悲惨さがより深く胸に迫りました。彼が深い深い悲しみや怒りや絶望を乗り越えてこられたことが容易に想像できたからです。勿論、彼のその感情を理解することは、何の不自由もなく生きてきた私にはできませんが、その感情が創造を絶したものであること、簡単に人に話せる様なものではないこと、それを乗り越えるのに途方もない時間がかかったであろうこと、その様なことは私にすら想像に難くないことでした。戦争体験者の方の話を本で読んでいるだけでも戦争の愚かさに腹が煮えくり返るような思いをしますが、眼の前で話している人の身に起こったことだと思うとどんな怒りも通り越して涙が出そうでした。それぐらいこの平和な世界で生きている私には衝撃的なことでした。最後に彼が自分で作った詩を読んでくださいました。それは「どのようにして収容所で生き延びたか」という問いに対する答えになっているものです。その中に「私の人生は神からの贈り物であろうか、いや、きっと私の人生はただの幸運に過ぎないのだろう」という一節がありました。私はこの一文に彼の拭っても拭いきれない悲しみを言っているようでとても悲しい気持ちになりました。もし出来るならば彼に彼の人生はただ幸運ではなくやっぱり神様からの贈り物であったと言いたいし、そう思ってもらいたいと思いました。
2人目はドイツ生まれのユダヤ人で、戦争のためにアメリカに移住し、そこでアメリカ軍の兵士としてドイツ軍と戦った方です。アメリカの軍隊では仲間もでき、嫌な目にあったことはないと仰っていましたが、収容所を解放した時のことはあまりの悲惨さに今でも忘れられないと仰っていました。彼の良心もまた収容所に送られてそこで亡くなっているので、その光景は決して人事ではなかったのだろうと思いました。自分の命は助かったけれども自分だけアメリカに行き、生き残ってしまったこと、彼はそのような感情を話すことはありませんでしたが、そのような罪悪感とそれでも生きなければいけなかった苦しみが感じられて、あの時代幸せや楽な生き方など存在しなかったということを知りました。
同じユダヤ人でありながら、それぞれ違った道を歩み、しかし、同じように苦しんだお二人のお話は、私の中で大きな衝撃になりました。その計りしれない悲しみ、怒り、様々な感情、私がそれに共有することは出来ませんが、それを絶対に忘れたくないと思いました。また、救いであったことは、そのような体験をしても、今お二人が穏やかに生きておられるということです。私がいうのも変ですが、お二人にはこれから先誰よりも幸せを感じてもらいたいと強く思いました。
ワークキャンプの他の面として、今回ともに参加したメンバーにとても恵まれていたと言うことができます。皆親切で、毎晩一緒にゲームをしたり、キャンプファイヤーを囲んで歌ったり、とても楽しい時間を過ごすことができました。たった2週間ですが、たった2週間とは思えない充実した時間を共に過ごせて、本当に有難く思っています。(因みに、ワークキャンプの後、イタリアから参加していたメンバーを尋ねて行きました。)リーダーも私達がうまくいくように日々の生活を組み立ててくれたり、通訳をしてくれたりと、非常に献身的で有難く思っています。年齢が近かったこともあり、リーダーでありながら友達としても付き合え、さらに良い関係が築けました。受け入れ先の方々もとても親切で、私は本当に快適に日々の活動に取り組むことができました。小さな所でしたので、周りの方との結びつきが強く、皆さん暖かく受け入れてくださり、まるで親戚のところに遊びにいったような気分になりました。
このワークキャンプを通して、体当たりの経験を聞かせてもらえたこと、沢山の方々と時間を共有できたこと、その中で意見を交し合えたこと、全てが大切な経験となりました。この機会を与えてくださった方々全てに感謝しています。ありがとうございました。
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